発見誌4月号より

2026年発見誌4月号
<巻頭言>差別感から平等観へ
苦しみ、悩んでいる時は自己中心的で、他人の苦しみや悩みについて考える余地はないですね。人の気持ちをわかろうとしてくると、とらわれから解放されて、少しづつ苦しみや悩みが減っていくのかもしれませんね。最後の文章にありましたが
「集談会に本当の愛がなければ理論とかアドバイスだけでは、来会された方が継続して参加されることはないと思います。相手を思いやり尊重し支えあい、平等観をもった愛のある集談会であり続けたいものです。」の文章は心に深く残りました。

<名文発掘>大乗的森田療法(下)
印象に残る文章がたくさんありました。
・治らずに治った。治らないままにやれるということを体験することが大切。
・自分を犠牲にして、ひとのためにやるということは自分でもなかなかできませんから、人にもなかなかすすめない。ひとのために大いに役立つことをすれば、自分のためにもなる。自分の発展にも繋がる。
・一緒になって役に立つことをやれば、人間的な安定感というか、いわゆる連帯意識が生まれて疎外感から解放される。
・世の中との関わりを持つことが大切。
空襲での消火活動、従軍記者の負傷兵の担架援助は、大きな不安の中での無心の行動であり神経症の解放のヒントになると思いました。自分のためではなく、たとえ小さなことでも人のために役立つことをすることが、結果として自信となり症状からの回復に繋がるのかなと思いました。最初は失敗があるかもしれませんが行動を続けることで、成功体験が得られていくのですね。やればできるよ!YOU CAN DO  ITの気持ち大切にですね。

<体験記>神経症と共に生きる=不安神経症、高所恐怖症
お母さんの介護で退職して、看取りまでお世話されたこと、大変な生活だったのだなあと思いました。最期を迎えるのに、お父さんと同じ病院でというお母さんの希望をかなえられたことに敬意を表します。集談会に参加して、同じ仲間がいることや温かい声掛けで自己受容ができようになり、回復に至ったことが良くわかりました。集談会の大切さも理解できました。森田を学ぶことで、いろいろな気づきができ、症状のマイナス面だけでなく、「神経質のプラスの側面」を学べたことは良かったのかなと思いました。
「症状を受け入れ、等身大の自分で神経症と共に、そして支えてくれた人たちへの感謝を忘れず、残りの人生を生きていきたい」という言葉が心に残りました。

<はっ犬くん オリジナル森田を読む>
孔子の言葉など勉強になりました。我々、神経質者はたしかに気分本位に囚われていることが良くわかりました。試験勉強が楽しいわけがありませんね。嫌で苦しいながらも実行することが大切ですね。

<パニックな私の森田の日々>
ゲーム依存症の立ち直りを知ることができました。「日常の些細な事にも感謝できるように、日々の生活をいかに充実させていくか」は森田理論にも通じるところですね。ひろのぶさんの「あるがまま」の詩は大変良かったです。まさに「あるがまま」の心境を表していると思いました。

<つながり>―今、ここを生きるー
「亡児の思い出」を読んで「死の前」「告別式」「亡後」「結辞」と森田先生が最愛の息子を失った悲しみを一年間にわたって書き残したことに驚きました。一周忌までの心の動きがきめ細かく記述されていて、より感動しました。すばらしい文章で一周忌では、少し前向きになったことが少しわかりました。人間はいつか死ぬものですが、その人との別れは辛いものですね。高齢の伯父が亡くなった時の告別式で同じ葬儀場で、若い人が亡くなった告別式に出くわしたことがあり、その家族の大きな悲しみ、慟哭を思い出しました。人生半ばでの死への旅立ちは家族にとって、こんなにも辛いものかと思いました。
死に対して残された者の気持ちは、死者の経歴がどうであり、辛いものですね。「きつい時は、立ち止まっていい、生きようとする人を支えてくれる人がいる。森田療法と集談会はエンドステージにおいても活用できる理論であり、場所であると思う」という大分集談会のじゅんさんの言葉が印象に残りました。ブリーフケアにも役立つ集談会になりたいですね

<広がれリモート集談会>
通常の集談会とZOOMを組み合わせたハイブリッドの集談会が理想ですね。それに向かって、集談会で各自、努力しないといけないと思いました。

<私らしく生きる>
図書館で森田療法の本を見て集談会に参加したという人は、我々の集談会でもいます。自分が納得して参加される方は、息長く参加されますね。
エネルギーをむやみに悩むことだけに費やすことから行動へと方向転換できるようになったのは自分軸ができたからかもしれませんね。ご夫婦の写真から明るく、人にやさしい整体院だろうなと想像しました。

<中高年のひろば>
◎感じている感じ
面白いタイトルなので興味深く読みました。心の中で理屈で納得させようとすると、強迫観念の渦に巻き込まれてしまうのですね。好きになれないものを無理やり好きになろうとするのではなく、自分の感情を素直にみとめることが「素直な心」「純な心」なのですね。すなわち「好きになれない気持ちも、感謝の気持ちも本当はどちらも、初めから事実として存在していました」ということ言葉から、作者が強迫観念から解放されたことが理解できました。人間の感情とは複雑なものだなあと思いました。

◎都はるみに思うこと
作者は同じ支部のYさんでした。Yさんの「都はるみ論」はどこかで読んだかなと思い出しました。都はるみフアンのYさんならではの面白い解釈と思いました。亡くなられた長嶋茂雄さんも皆があこがれる「長嶋茂雄」を演じていたということを本人がしゃべるのを聞いたことがあります。スターは、みんなの憧れでなければならず、たいへんなストレスもあると思います。演じるのではなく、その人そのものになり切るのは森田理論のなり切るに通じるのかもしれませんね。

参考資料です

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