「逝く夏の歌」 中原中也の詩のイメージで描いたそうです。
人間関係で悩んでいる貴方,不眠に悩んでいる貴方、神経症に悩んでいる貴方、日常生活に息苦しさを感じている貴方などなど。森田を学んで悩みを皆で分かち合い人生を豊かなものにしてみませんか。私達、生活の発見会山口集談会は森田療法という心理療法を通して相互学習、相互援助を行っている自助グループです。毎月1回、第4日曜日に集まって学んでいます。場所は山口県内で新山口駅より歩いて15分の小郡ふれあいセンターです。一度、アットホームな雰囲気の山口集談会を覗いてみて下さい。仲間との出会いが貴方の人生の転機になればと思います。
<山口集談会で大切にしたいこと>
私たち、山口集談会は、受容と共感を大切にし、誰もが安心して話せる集談会を目指しています。相手を思っての言葉が、相手の批判やアドバイスの押し付けにならないよう、相手に寄り添う気持ちを持って話し合いを行いましょう。よろしくお願いします。
どんな悩みを話しても、聴いてもらえるという安全な居場所になれるようご理解、ご協力をお願いします。
『今日を、死なせない』を読んで
今月の発見会の体験記、Iさんの『今日を、死なせない』はとても良かった。
現実の恐怖や不安から逃れるため、頭の中だけで答えを見つけ、安心を得ようとする。しかしそこには経験も手ごたえもなく、真の「生」は存在しない。失うこと、傷つくこと、疲れること、そして死…。その「生きる醍醐味」を引き受けて初めて、人は今この瞬間を生きることができる。かつての私は、理想の未来を守るために、今日という日を死なせていたのだと痛感した。
『生活の発見 2026年 9月号』より
本当にIさんの言うとおりだと思う。私も理想の未来を守るためにずっと今日という日を死なせていた。人生は完全に安全ではない。いつも失うことや傷つくこと、苦しいことや悲しいことにあふれている。やはり「人生は苦」なのか。
症状の酷かった三年前、祈るような気持で震える手で紫陽花の苗木を植えた。盛夏の頃は毎日水をまいた。その紫陽花が根を張り、この夏幾つかの花を咲かせた。
これからは、症状がなくなったらしようと思っていたこと、したいことを症状があるままに、苦しいままに手を出してやってみたいと思う。私はもう今日を死なせたくはない。
(Uちゃんより)
<写真,絵画コーナー>
クロードモネも秋に向かって鮮やかになりました。
まだまだ暑い日が続いてますが皆さん、体調に気を付けてお過ごしください。
たくさんの写真、絵画をありがとうございます。
今月もHPにたくさんの花や楽しい絵を飾ることができました。
それぞれの写真をクリックすれば拡大されます。
9月の集談会はいつもの第4日曜日9/27で、場所はいつもの小郡ふれあいセンターで実施予定です。参加の程、よろしくお願いいたします。
初めて参加の方も、大歓迎ですので、ぜひ気楽にお出で下さい。問い合わせも少しづつ増えています。コロナ感染やノロウイルスにも、お互い気を付けて参加しましょう。
以下が年間スケジュールです。レクリエーションや忘年会もあります。2026年度もウイルス感染に気をつけて集談会も行いましょう。
| 次回開催日時 開催場所 会費 | 9月27日(日)13:00~17:00 小郡ふれあいセンター (住所)〒754-0002 山口県山口市小郡下郷1440-1 700円/回(会場費及び会運営費として徴収しています) |
|---|---|
| その他 | |
| お願い | 開催場所へのお問合せはご遠慮下さい。お問合せは発見会本部へお願いします。 |
| HP更新予定 | 毎月15日前後 |
ここでは山口集談会に、参加して頂いた仲間の声を紹介したいと思っています。つぶやきへの投稿、今年もよろしくお願いします。
相手にしなくて良いとわかっているものと戦う無力感や敗北感をわかっているけれど、これをどうにかしたいとなぜか脳が命令してくるのです。この欲求は何なのか?執着とでもいうのでしょうか。今でこそ強迫観念とわかっているし、生の欲望の裏返しとも認識している。もちろん日常生活を進めてはいるけれど、この問いがしばしば浮かんでは離れないのです。その根底には、やはりなにかしらの不安がある気がします。そこでずいぶん前に買ってさらっとしか読んでなかった本を手にとりました。「不安でたまらない人たちへ」。認知行動療法で強迫性障害を克服出来ると書いてあり、4段階で取り組み、森田との共通点や類似点もあります。症状は脳の生物学的アンバランスによって引き起こされる、ということが写真付きで説明してあり、強迫の人の脳は、普通に進めることが脳の構造上難しく、つまりギアチェンジを手動でやるしかない。そして正しく行動することによって機能が向上し神経症の症状も、やがてよくなるということが証明されているとあります。やがてとはいつなのか。それは森田のあるがままなのかなあ。いずれにしても知識をいくら持っても理解しても改善はしないので地道にコツコツ生活をするということなのでしょうね。この徹底をすることが出来たとき、悩みは楽になる予感がしています。あるがままで。
<Nさんより>
☆上手におぼれながら生きる(共に生きる)
ラジオで依存症の話をしていました。
今の世の中、SNSなどにより依存的体質で生きている人が増えている。
その対処としてセルフケアとか自己管理ができていないとかで、自分を責めて自分を苦しい方向に追い込んでいる人が多いと話していました。
自分を責めたらダメで自分を押し込まないようにするためには、セルフケアではなく他者からのケアとして、誰かと話をすることを勧めていました。
依存症にならないように生きていくためには、依存しているものと対決するのではなく、上手におぼれながら生活しては、とのお話でした。以上は私の解釈でおぼれながらという言葉が気に入りました。
森田でいう「あるがまま」かもしれませんね。神経質性格を持った我々も不安、恐怖など強迫観念と対決するのではなく、その環境の中で上手におぼれながら、共に生きていくしかないですね。どうやって上手に生きるかは、誰かと話す場である集談会で見つけていければと思いました