2026年発見誌8月号
<巻頭言>症状不問&感謝の実践そして愛の実践
確認強迫から解放されて、普通に生活が出来るようになって良かったですね。宇佐先生の不問の森田療法を知ったことで「心を完全に放置」できる心境になったことに興味が湧きました。また「感謝即幸福」の中で「感謝できることを探せば身の回りにたくさんあります。「ありがとう」をたくさん言ってください」という文章が心に残りました。症状に悩んで内に向いている心を外に向けることにつながるのだなあと思いました。そして「愛に気づくことは治ることへの近道」という言葉から今年、亡くなられた三輪明宏さんが「愛があれば戦争は無くなる」と平和主義を唱えていたことを思い出しました。愛とは助け合いの精神ですね。
<名文発掘>心を強くする生活法―暮らしの中の精神衛生十か条(下)
先月号も含めて十か条は以下です。
① 心を変えるより行動を変える ②人の役に立とうと心掛ける ③“あるがまま”の態度
で生活する ④人間のやることに100%完全はない ⑤いまできる一つを一生懸命にやる
⑥はじめての行動に不安はつきもの ⑦行動には“はずみ”がある ⑧行動や気分には“波”がある ⑨休息は仕事の転換にあり ⑩よく働き、よく遊べ
森田理論には、日常生活に役立つ言葉がたくさん、ありますね。この夏の暑さもあり、心身ともに疲れてやる気が出ないときに活用できる十か条と思いました。まずは“できるものからやる”ことですね!!
<体験記>“死にたい”がなくなった。
読んでいて、“かくあるべし”の意識がたいへん強く、サラリーマンとして仕事の達成に向け“かくあるべし”を実践し、うつ状態になられて苦しまれたのかな?と思いました。そして“あるがまま”と思っても“かくあるべし”が残っているので、なかなか“とらわれ”から脱出できない状態が続いたのかもしれませんね。“かくあるべし”も“あるがまま”の一部なのですね。
また“アタマ”とは事実や観念(かくあるべし)のことで“こころ”とは感情のことと理解しましたが?理解がなかなか難しかったです。森田を学んで“とらわれ”から少しづつ解放されてよかったですね。「和して同ぜず」の言葉は心に残りました。和して生きるにしても、他人に同ぜずに自分を大切に、自分らしく生きるというと理解しました。
<集談会ヒント集> 滋賀集談会
HPは、今の時代には必要ですね。我々の山口集談会も九州支部のYさんに教えてもらい開設しました。我々の集談会も同じようにHPを見て参加する初回参加者が少しづつ増えてきました。HPは皆さん、スマホで見るのでスマホで見やすいように心がける必要がありますね。初回参加者の継続的な参加は、今後の検討課題ですね。同感です。
<はっ犬くん オリジナル森田を読む>変わった性格の人とどうして一緒にやっていけるか(下)
「兄弟・家族とか同級生とかいうものは、その環境上しかたなしに一緒にいて自然に「境遇に柔順」になっているために、少々性格が違い、あるいは気に食わぬことが多くあっても、なんとはなしに親しみができ、相離れることが心苦しくなるとかいうことも、みな自然に従うということの結果であります」いう文章になるほどなあと思い、「自然に服従し境遇に柔順なる心」が理解できたように感じました。そして「神経質は自己中心的の功利主義から、自分の苦痛を最も少なくして、最も大なる幸福を得ようとする工夫から、楽々と愉快に人と交際し、何事にも自分の思う通りにしたいと考えるからであります」という文章に森田先生の言いたいことが集約されているのかな?と思いました。
<わたしの体験談>対人恐怖~心の事実を否定して~
読書会を続けることで、感情の法則の大事さを再認識できて良かったですね。「感情を変えることではなく、感情を感じることが大事なんだということに気が付いた」という言葉が印象に残りました。「恐怖や不安を感じてはいけない」と思うあまり、それを打ち消そうと無理をすることが症状や自己否定につながることは、森田理論で私も知りました。我々、神経質者は、無理をして生活しているところがありますね。自己否定をなかなか自己受容できなかったことを自分自身も思い出しました。集談会に出席を重ねても、なにかのキッカケがないとなかなか、自分を変えられないのかな?とも思いました。「心の事実を否定しない」ことの大切を学びました。
<再録 学習会シリーズ>3.感情の法則
感情の法則がたいへん重要で、これが分かって実践できれば、森田理論をだいたい理解できたことになるよ!と集談会の講師に言われたことがあります。神経症に悩んでいる時は、不安や恐怖といった感情を精神力で取り除こうと必死だったことを思い出しました。不安や恐怖をそのまま認めるところが森田療法の優れているところと理解しています。症状を伴っても必要な行動での成功体験を重ねることで、症状へのとらわれからの解放に繋がっていくことだと理解しています。
「行動をすることは感情をかえるためや症状を治すためにやるのではない」
「目的本位の行動の結果として副産物として症状を乗り越えていく」
上記の言葉がなかなか理解できず、作者と一緒で私にも、行動(恐怖突入)すれば解放されると間違った理解をしていた時期がありました。今では、森田療法は、症状があろうがなかろうが、目的本位の行動をして日常生活を充実させることであると理解できるようになりました。
<中高年のひろば>
徐さんにお会いできてよかったですね。徐さんは発見誌にも投稿されていて名前は知っていました。私の知っている山口正道さんと親しいことは知りませんでした。
「うつを抜け出すには、経験を分かち合い、励まし合い、お互いに成長し合う友達が必要であり、集談会は人との繋がりができる最良の場である」という言葉が印象に残りました。
心の病を経験した当事者でなければ、わからないことがたくさんあり、集談会は当事者の会としての必要性を強く感じました。
<ひろば>“気づき”に至るには
音楽理論から不安定、安定な話があり、よくわかりました。
・「不安定」があるからこそ「安定」を感じられる。音楽に限らず私たちの日常もこの「不安定」と「安定」の繰り返しだと思う
・“気づき”に至るには、一度は「間違ったゴール」に向かって自分自身で必死に足掻いてみる必要があった。
上記の言葉が印象に残りました。たしかに世の中は、不安定があるから安定がほしいわけですね。安定ばかりを求めて神経症になるのかも?と思いました。神経症の苦しみを体験し、必死に抜け出そうとする中で、何かのキッカケで気づきが生まれるのかもしれませんね。
気づきが生まれるキッカケの場の一つが集談会かもしれません。