2026年発見誌1月号
<巻頭言>欲求に“かじりつく”1年に
“かじりつく”という表現がよいですね。子供のように無我夢中になれれば、神経症症状を忘れることになり回復に繋がっていくことになるのだと思います。無我夢中になれるように欲求を強く持つことが必要ですね。また「両面観」という考え方はたいへん重要と思っています。最悪な出来事でも必ずプラス面があると思っています。
<特別対談> 不安とともに生きる力
福治先生が「かくあるべし」の強迫観念が強く、神経症を経験した当事者で発見会に出会い、精神科医を目指したことを知りました。理科系で禅に興味があると森田療法がフィットするのですかね??自分にもそんなところがあります。対談の後半に「発見会は学び合いの場」であるという話し合いは、集談会の意義が書かれていて良かったです。
・「「同じように悩んでいる人がこんなにいるんだ」と実感できて、肩の力が抜ける。悩んでいる人、立ち直った人が混ざり合って支え合う互助組織で、来た人に「役立ちたい」「自分の体験を伝えたい」と思う気持ちも自然に生まれてきますし、話す側にも振り返りや再発見がある。まさに学び合いの場ですよね。」など集談会の良さが書かれていました。なんでも話せて寄り添える集談会でありたいと思いました。
<幸せ体験 お年玉>
日常生活の中にある何気ない小さな行動、行為が幸せにつながるんだなあと感じました。
心を内から外に向けることや感謝の気持ちを持つことは、神経症の解放からの第一歩ですね。たいへん良い企画で小さな幸せを感じることの大切さが理解できました。イラストも良かったです。ちなみに私が幸せだなあと感じる時は、今の時期では夕方にお風呂に入って時です。体が温まり、腰の痛みも減って今日も何とか過ごせたなと思う時です。
<わたしの森田人間学> 「強迫観念」の体験を語る(8)
森田療法が始まった時期(1920年前後)のお話があり興味深く読みました。
森田療法で「とらわれ」から解放された先輩方が森田療法の確立に協力したこと(形外会)も理解できました。
・わたしたちは、いつでも、ひきつづき「森田」に学び、気づき(自覚)を深めていくのが望ましい
・「もうよくなったから、いいだろう」と森田から離れてしまうとーーーいま得られた実生活における自信は、たいてい遅かれ早かれ、もろくもくずれ去るのでは
・森田人生観のめざす方向性とは、「人生の根本課題」そして「修養」とは素直に「生涯学習」のこと など印象に残る言葉があり勉強になりました。
<体験記>生き直し宣言「今ここ」を精一杯生きられるようにー吃音・対人恐怖
たいへん辛い人生経験が語られた体験記で、森田を学んで自分自身を理解され「今ここ」を力強く生きているTさんを感じました。コメントにもありましたが、この体験発表をじかに聞かれた方は、感動され森田療法や集談会の良さを強く感じたのではと思います。
またTさんが森田理論を良く理解されて、変えられない自分(吃音)に対して吃音軸から自分軸に変えた姿が素晴らしいなあと思いました。そして「生きる糧」となる言葉をたくさん、いただきました。ありがとうございます。
・怖い時は怖い、不安な時は不安、無理に平気なふりをしたり、ポジティブにみせなくていい。そう認めるだけで自分を否定していた感情が流れていくようで葛藤も少なくなった。
・人の感じ方はそれぞれで自分のフィルターを通して見ているだけ
・コントロールできることとできないことを分ける
・「今ここ」を大切に生きることの連続が自分の未来に繋がる
・人は悲しみが多いほど、ひとには優しくできる
・人によって傷ついた心は人によって救われる などです。
<私と森田と発見会> 感謝即幸福 & 不問の森田療法
・「感謝に気づくことは治ることへの近道です」
確かに感謝の気持ちを持つことは大事なことですね。外に目を向けることで自分に与えられている多くの恩恵に気づくことが、内面にとらわれている心が少しでも解放されるのだと思います。ただし感謝は、何かを手にいれるための「道具」ではないことを理解していなければいけませんね。また感謝の気持ちを忘れずに、毎日を過ごさなければと思いました。
・「執着(こだわり)の手放し方、捨て方」
執着に対する一つの考え方で参考になりました。捨てるとは、そのことに対する関心が消えるですが「とらわれてもいい、とらわれなくてもいい、どっちでもよい」というフレキシブルな考え方が大事なのかもしれませんね。
・「不問の森田療法」
「とらわれても問題にしない、即ち不問。自分の心を観察しない、心を覗かない、自分の頭脳で思い通りの心しようとしない。心を完全に放置する」とありますが、頭でわかっていてもなかなか難しいのではと思っています。治るとか治らないとかにこだわる心に目を向けず、今やるべきことに取り組むことが大事であると理解しました。
<モリジイと学ぶ学習会シリーズⅡ> 8.治るとはどういうことか
・『「治る」とは「治らんこと」つまり不安感、恐怖感、強迫感があるのが自然で健康な状態だと解ること」ということが理解できるまでが、人によってはなかなか時間がかかり、初心者にとっては難しいと、いつも思っています。今、目の前にあるやるべきことに、一生懸命取り組むことで、その瞬間は症状のことは結果として忘れていることが理解できると道が開けるのかもしれませんね。
・『「より良く生きる本能」は現状を否定する』という言葉は、心に残りました。確かに理想と現実のギャップに悩んで神経症状を発症するのだと思います。『今』ことそ事実であることを率直に認めて、身近なことから行動を起こすことから症状からの解放が徐々に始まっていくのだと思っています。そしてモリジイのひとりごとにもありますが森田理論は「人間性の事実」の学び直しであることと思っています。生涯学習として続けていきたいと思います。
<中高年の広場>猫からもらった幸せ
猫ちゃんへの愛情や気持ちがたくさん伝わり、こちらも温かい気持ちになりました。
ありがとうございます。
2026年発見誌2月号
<巻頭言>人間関係も良くしてくれる森田
生育歴は性格に影響することは確かのように思いますが、原因追及しても現在の性格が大きく変わるわけでもないですね。辛いことかもしれませんが「あるがままの自分を受け入れる」しかありませんね。森田を学ぶことがいまの自分を受け入れる助けになるのかもしれません。そして自分の性格の良さにも気づき、「欲求に乗って」生きていけるようになるのだと思いました。「やるべきことは曲りなりにもやる」の言葉は心に残りました。
<特別対談> 不安とともに生きる力 後編
森田療法のエッセンスがたくさん、書かれていました。不安や嫌な感情を異物化しないこと「不安があるのは自然なことだ」が重要ですね。
・「若い人は早く欲求に気づいて行動できると、すっとよくなります」は印象に残りました。早くヒントを得れば深みにはまりにくいということですね。
・「さっと手を出す」「すっと動く」では理屈ではなく、まず行動すること、「気軽に動く」
・「できることとできないことを見極める」「感情をコントロールしない」
など心に残る言葉がありました。また「恐怖突入」という言葉より「やってみなはれ」の方が温かいみがあります。トライ&エラーで人生は成長していくことを教えてもらいました。
<名文発掘>森田療法学習のポイント(下)
集談会の終わりに「今月の総括と来月の実践目標」を確認していて、なんとなくマンネリ化していることに対して見直す機会になりました。「学習―実践―総括」のサイクルが森田療法を深めることになることを実感しました。仕事でも「計画―実行―結果修正」サイクルが大事であることを思い出しました。実践のサイクルによって森田療法が身についていくことを改めて理解できました。参考までに昨年の12月号の森田療法学習のポイント(上)(下)の項目を纏めると以下です。項目だけでも役立つのではと思いました。
☆森田療法の学習
1. 誤った認識と誤った行動を正す。―>それは人間性の再教育である。
2. 会員相互の励まし合い、助け合いで前進 ―>集談会出席で自分だけの悩みではない。
☆森田療法学習と実践の方法
1. 森田療法の知的理解 ―>神経質症の本態を知る
2. 体験談の聞き方(読み方)
(1) 自分の体験に照らして読んでいく ―>自分の体験の反省になる。
(2) 森田理論にあてはめてみる ―>目的本位の行動か、治癒過程のどこかなど
(3) 先輩は後輩の体験で自己反省―>過去の反省、神経質者相互の連帯感、積極的共感
(4) 他人の体験によって自分を客観視する―>症状を漫画視できれば解放へ
(5) 自分の体験を通しての助言―>助け合いの場、相談にのる、森田の再勉強
3. 実践目標をたてて、実践
(1) 身近ことから実践
(2) ともかく実践
(3) 実践のなかで自分の欲求に目覚める
(4) 本来の欲求に即した実践
4. 総括
(1) 自分の考え・行動を整理する
(2) 実践効果の正しい評価
(3) 失敗を生かす
(4) 学習―実践―総括
(5) 事実唯真の立場
(6) 神経質を活かした生活
☆生活の発見会活動への参加
1.発見会活動は作業療法 2.ともかく続けて出席する 3.できることから手伝う 4.発見会活動参加は自分のため
<体験記>森田理論の学習と毎月の集談会参加で、日常生活が変化―不安神経症・疾病恐怖
体験記を読んで、人との出会い(伊丹先生、モリジイ)と自ら学び、毎日コツコツと実践することが大切、これこそが学びの王道であることを実感しました。学ぶ姿勢が大事なことは、52歳で通信制大学に入学し、卒業したところにも感じました。集談会での話し合いから振り返りや気づきができることは私も実感しています。そして日常生活の小さな実践が人生を大きく変えていくことを学ばしてもらいました。
・行動日誌にできたことを書くことで自己否定感から自己肯定感を感じるようになった。
・集談会への参加と日常生活での小さな実践の積み重ねが大きく羽ばたく。
などが印象に残りました。
<はっ犬くんオリジナル森田を読む>
通信療法での強迫観念(不潔恐怖)の話で、昔から手紙による相談室があったのですね。
・強迫観念の人は自分ばかりが苦しくて気のすむようにするのが当然
・断じて思い切って止めなければなりません。しかしただこらえるというのは困難ですから常に自分をいそがしく働く境遇におくことを工夫することが便利である。
・神経質は自己中心的であり、強迫観念の起こる出発点
・苦しくとも出るべき所、行くべき所へは、断じて行かなければなりません。
など森田療法の原点が書かれていました。
<パニックな私の森田の日々>
ゲーム依存症の人はスマホ・ゲーム・パソコンを取り上げて、人生を見直すために入院は重要だなあと思いました。ゲーム依存症でない人間でも、現代病であるスマホ依存になっている世の中ですね。毎日、数時間でもスマホから離れる努力を感じました。
<私が初めて集談会に参加した日>
「アクセルとブレーキの利かせ方がよろしくない」という言葉の意味をどうとらえてよいのか、考えさせられました、神経質者は自己中心的で、臨機応変な対応ができていないと思いましたが?
私も発見誌に線を引いて7毎月、読んでいますよ。人生の糧として
<集談会・ヒント集> 福井集談会
「来るものは拒まず、去る者は追わず」のスタイルから脱皮は必要かもしれませんね。
既存の出席者を含めて「集談会をつなげていく努力」を工夫していくことを強く感じました。
資料を参考にさせていただきます。
<モリジイと学ぶ学習会シリーズⅡ> 9.「まとめ」のしかた
・「かくあるべし」は、ある面で自分の思想なのですが、それがあまり頑なに強すぎると金縛りに会ってしまうのかな?と思いました。その時々の場面で加減が必要で、良い加減で生きていくことが大切だなあと思いました。神経質者はいいかげんな事ができない性格かもしれません。
・症状の裏にある自分が大切にしている欲求を発見し、その欲求に向けての行動が大事ですが、悩みの真っ最中は、症状ばかりに囚われて、この欲求が理解できなかったかなと今、想っています。それには時間や休養も必要かなと思ったりしています。
<各地の活動から>
☆埼玉大学国際シンポジウム参加報告
戦時下のウクライナで人々の心を癒すために森田療法が生かされることに感動しました。
自分自身を大切にし、「今、この瞬間を生きる」の森田の言葉を信じ、ウクライナの人々に早く平和が訪れて、「今を生き抜いてほしい」ことを願っています。
<学習会参加報告>
オンライン学習会は課題に対して、自分の気持ちを文章化することで気づきや新たな考え方が生まれることをいつも感じています。集談会でも自分自身を振り返るために文章化の時間もあったら良いのかな?(発表は各自の判断で)と思いました。
「かくあるべし」のおかげで困難な状況を乗り越えることもできた」という文章に、「かくあるべし」をすべて悪者にしないで良い見方もできるのかな?すべて匙加減であることが理解できました。
<中高年のひろば> 90歳を前にして
数え90歳を迎え、毎日元気に過ごされている様子、参考になりました。
一生、趣味を持ち興味を持ち続けることや、毎日を「なすべきことをなす」の精神で淡々と生活することが大切であることを教えていただきました。
発見誌3月号
<巻頭言>神経質性格を生かす
執着心や完全欲を生かした教材作りに感心です。間違えることや失敗することが大事と理解してくれる先生に出会った生徒は、知識が増える勉強の楽しさを知ることができるのかなと思いました。間違えることや失敗することの大切さを知りました。
<名文発掘>大乗的森田療法(上)
大乗仏教、小乗仏教に引っ掛けて神経症についての心理状態を説明されていて、大変よくわかりました。神経症で悩んでいる時は自分のことばかりで、他の人がどれくらい自分のために迷惑しているかどうかは、眼中にないですね。自分の言動に周囲の人がどのように心配し、悩むかということを頓着しないですね。自分が悩みから解放されて、他人の悩みの解放に役立つようにする態度にならないと本当に治ったとは言えないのかもしれませんね。
「不安というものがあらざるを得ないんだから、それを受け入れて不安に刺激されて努力するんだ」という言葉は、印象に残りました。
<わたしの森田人間学> 「強迫観念」の体験を語る(9)
森田正馬全集・第五巻の一部の紹介、たいへん興味深く読みました。
「生死する生命の本質」に思いを馳せると「生きるとは何か」を教えてくれる哲学的な内容もあることがわかりました。「こころの自然に服従」で「自然に服従、境遇に柔順」がより分かり易くなりました。また「心身同一論(こころとからだは一体)」から「生と死は同一のことがらの両面」から「欲望と不安」「感情と理知」「主観と客観」「自力と他力」などの両面観が生まれたのかと思いました。「わたしがわたし自身そのものを生きる」の言葉は「生と死」を考える年代の今、「今を生きる」という気持ちを強く持つことができました。森田を生涯学習にして良かったと思いました。
<体験記>森田療法で変れた私=対人恐怖、乗物恐怖
特別対談など発見誌によく登場するTさんの体験記でした。ある日突然、自信を失い神経症が発症するケースは、仕事で燃え尽き症候群になり、心身共に自信を失い、周囲を気にしていた過去の自分を思い出しました。自分もTさんと同じように、勝手に自己像を作り上げていて、それにとらわれていました。偶然、長谷川先生の「森田式精神健康法」に出会い、自分の神経質性格に気づいた次第です。この体験記を読んで自分自身を振り返ることができました。感謝します。
「症状の泥沼に陥った原因は、ショックで自信を無くした時なら誰にでも起きるうるような体調の変化や不安な気持ちを誤った認識により、あってはいけないものとして治そうと不可能な努力した。」「症状には逃避の役割がある。」などの文章が心に残りました。
<お悩み相談>
金縛りのとらわれを例として森田療法を分かり易く説明されていました。
① 恐怖をそのまま受け入れる。恐怖を感じながらも横向きに寝直すしかない(認める)
② 恐怖心を感じながらも「今やるべきことを自分ができる範囲で懸命にやる(あるがまま)
と要約されていて良かった。すべての不安、恐怖、すべてのとらわれ(症状)に役立つ文章でした。ありがとうございます。
<パニックな私の森田の日々>
依存症の人は完璧主義が強いのでゲームに勝つまで、自分が満足するまで没頭していますのですね。結果としてお金が尽きるまで没頭することがよくわかりました。神経症のまっただ中の人は四角四面の考え方に陥っているのかもしれませんね。ゆるキャラも必要なのですね。神経質性格を改めて勉強できました。
<各地の活動から>田所重紀先生特別講話
田所先生の笹舟モデルは、過去、発見誌にも掲載されたのを覚えています。笹舟モデルを見て「自然に服従し、境遇に柔順なれ」を図式化したのかな?と思いました。図式は人生哲学を表していて、このように生きていければなあと思ったりしたことを覚えています。
<生ing セイ・イング>森田療法Ⅳ①
森田療法の日記療法についての解説でした。日記を見ながらの面談であれば、治療者と患者との係わりも深くなり、良い方向にむかっていくのかなと思いました。また日記療法がもたらすメリットの記述は、普通の人にとってもメリットがあり毎日、日記をつけることの大切を教えてもらいました。
・頭の中の考えが整理できる。 ・自分を振り返り内省するきっかけになる。
・感情を自分でそのまま受けとめる態度が養われる。
・自己洞察が深まり、自己受容につながる
などは、自分自身だけでもできることかなと思いました。
<学習会参加報告>
「私は神経質者としてこれからもいきていいくしかないんだ」
「どうせ自己中心的ならば、私はもう少し自分を信じてみても良いのかもしれない」
など心に残る言葉があり、皆さんそれぞれ、色々な気づきができているんだなあと思いました。
<森田療法とともに世界へ>
先月号でウクライナ戦争下、森田療法が活用されていることを知りました。そして今回、ウクライナ教師への心理支援について、もう少し知ることができました。
「戦争という現実は変えられない。だからこそ自分のあるがままで生きてよい」「休憩を含めた小さな建設的行動を重ねていく」
戦争という強烈なストレスの中で森田療法が少しでも役立つことを願っています。
不安や恐怖の状況の中でいかに前を向いて生きていくかの命題は、なにも神経症の人だけのものではありませんね。
<中高年のひろば> ゴッホについて
ゴッホについて弟家族が絵を世に出すことに尽力したことを初めて知りました。
ゴッホは対人が苦手、不器用、繊細、自己肯定感の低さ、その反面、生の欲望、自己主張の強さのアンバランスから独特の絵が生まれるのですね。その人の個性を認めてあげることが大切ですね。